掌編「黄色い部屋」

「――さんですね」
 喫茶店でコーヒーを待っていると、見知らぬ男が勝手に向かいの席について私の名を呼んだ。
 痩せた小柄な男で、大きなシルクハットをかぶり、派手なスーツを着ていた。まるで『不思議な国』のきちがい帽子屋だ。
「あんたゲームデザイナーなんだって」
 男は、私の職業も知っていた。数年前、同人ゲームで公開したRPGがヒットし、有名メーカーに採用されシリーズ化された。現在もスマホ用アプリなどで新作が出ている。
「あんたのためにシナリオの原案を書いて来たんだ」そう言って男は灰色のノートを差し出した。こんな所で揉めたくもなかったので、とりあえず受け取っておいた。
「そこに書いてあるのは前半だけなんだ。後半はギャラの相談をしてから渡す」
 男は自信たっぷりにそう言うと、連絡先を書いたメモを置いて立ち去った。
 読んでみると、意外と悪くない内容だった。一種の宮廷陰謀劇で、予言者の詩のとおりに王国が災厄に見舞われ、国王が追放されるまでが描かれていた。
 このままでゲームになるものではなかったが、少し手を加えれば使い途はあるかもしれない。とにかく続きが読みたかった。
 夕刻、メモに書かれていた下手な地図をたよりに、私は男を訪ねた。
 そこは廃工場だった。夕焼け空が、奇怪な配管の突き出たシルエットを浮き彫りにしていた。あの男はこんな所に住んでいるのだろうか。
 開いていた通用口をくぐって、ゴミの散らかった敷地に入っていった。
 その時、頭上で「ギャーッ」という叫び声が聞こえた。
 見上げると、巨大なコウモリのようなものの影が羽ばたいていた。シルクハットの男が壊れた人形のように鉤爪のある肢につかまれていた。怪鳥の影は一瞬後、幻のように消えた。
 私は工場の中で人が寝泊まりしていたらしい部屋を見つけた。壁全面が黄色い。まだ湯気の立っている紅茶がテーブルに置かれていたが、誰もいない。
 紅茶の横に灰色のノートがあった。中にはあの原案の後半らしきものが書かれていた。もう一冊、古びた冊子があった。内容を見ると、これが原案のネタ本らしい。その表紙に記されたタイトルは、『黄衣の王』……