レイモンド・チャンドラーによる「黄衣の王」

 『トゥルー・ディテクティブ』以前に海外テレビドラマで“黄衣の王”に言及した作品が、『私立探偵フィリップ・マーロウ』の中の一話「黄色いキング」というエピソード。原題は"The King in Yellow"なので、まんま「黄衣の王」である。
 と言っても、キング・レオパルディというミュージシャンが黄色いパジャマを愛用しているので、“黄色いキング”と呼ばれる場面があるというだけなのだが。
 原作はレイモンド・チャンドラーの中編で、小説の翻訳でも創元版(稲葉明雄訳『事件屋稼業』所収)、早川版(田村義進訳『レイディ・イン・ザ・レイク』所収)ともに「黄色いキング」となっている。
 小説では、主人公の探偵が黄色いパジャマ姿で死んでいるキングを見つけた際に、「黄色いキング。そんなタイトルの本を読んだことがある」(田村訳)と言う。ここで言われている「黄色いキング」という本とは、チェンバースの小説『黄衣の王』のことなのだろう。普通に考えればそうなる。だが、少し深読みするとチェンバースの連作中に登場する戯曲の「黄衣の王」を読んだことがあると言っているようにも思える。そう考えると、呪われた戯曲を読んだ者が、奇妙な事件に巻き込まれるという『黄衣の王』連作の一部であるかのようだ。
 つまり、チャンドラーの「黄色いキング」はハードボイルド探偵小説でありながら、「キング・イン・イエロー」というタイトルを梃子に、だまし絵のように一瞬だけ幻想小説の世界に迷い込んだと錯覚させる、そんな仕掛けになっているのである。