CTHULHUの呼び方

 Cthulhuを何と読むか?
 私は大概「クトゥルー」を使っている。
 理由は、青心社文庫の《クトゥルー》で主な作品を読んだから、か。
 あと、日本の小説家や研究者のほとんどがクトゥルーを使ってたということもある。

 とは言え、結局のところは、架空の神なんだし好きなように呼べばいいんじゃ、と思っていた。
 べつにク・リトル・リトルでもいいし、ぐらいに……

 だが、じっさい『新編真ク・リトル・リトル神話体系』を読んでみると違和感のある描写があった。
 以下はラヴクラフト+ダーレスによる「爬虫類館の相続人」(4巻所収)の中の文章である。

 ある種の神話上の怪物に関する秘密めいた考察が、それである。特に一方の怪物は〈ク・リトル・リトル〉と呼ばれ、もう一方のそれは〈ダゴン〉と名づけられているが、まったく聞いたことのない神話に登場する海の神々だった。


那智史郎訳)

 おわかりだろうか。後半で「まったく聞いたことのない神話」と言っているにもかかわらず、なぜか語り手は「ク・リトル・リトル」と読めている。これは不自然というべきだろう。
 つまりふつうの一般人が、手記などの文書に現れるCthulhuという表記を読む場合、「ク・リトル・リトル」というような発音は、いつそれを知ったのかが問題になる。

 神話主要作「クトゥルーの呼び声」も、普通の青年が大おじの遺した文書を読むことで進行する話である。
 なので、この作品における発音と表記の関係を確認してみよう。
 まず最初のCthulhuへの言及は以下の部分。

 中心的な文書は、『クトゥルー教団』という表題がつけられたもののようだった。聞き慣れない単語を誤読するのを避けるべく、わざわざ活字体で書かれている。


森瀬繚訳 文中の「教団」には「カルト」とルビ)

 「誤読するのを避けるべく、わざわざ活字体で」というのは文字通りに読めばよいといった意味だろう思われる。

 そして二番目の言及。

 その声は、妄想のみが音に変えることができるかもしれない混沌とした感じのものだったが、彼は発音の困難な言葉の寄せ集めを、どうにかこうにか「くとぅるぅ ふたぐん」と吟唱してみせた。


(同前 「くとぅるぅ ふたぐん」に「Cthulhu fhtagn」とルビ)

 と、この文章では発音の説明それ自体のためにCthulhuという表記が選ばれたことがわかる。
 さらに三度目の言及では「という文字で書き表せるもの」、四度目では「としか表現しようのない不気味な音節」と表記がそのまま発音をあらわしていることがくりかえし説明されている。

 だとすると、「クトゥルフ」はまだしも「ク・リトル・リトル」やその穏当なバージョン(?)「クルウルウ」などは、少なくとも「クトゥルーの呼び声」では使えないことになるのではないか。

 (ところでジョン・ディーが『ネクロノミコン』を英訳した際もCthulhuと綴ったのかは気になるところである。)
 
 で、だとして、「ク・リトル・リトル」という表記は単なる誤訳として投げ捨ててしまうべきか?
 んー、それも惜しい気がする。
 ポセイドンとネプチューンが同じ神みたいな例はあるわけだし。
 「ク・リトル・リトル」、どこか「きらきら星」のような煌めきがある。すでに固有の言霊が宿っているのだ。
 ではどうするのか?
 この表記を生き延びさせるためには、作品内世界で「ク・リトル・リトル」という言葉が広まるきっかけとなったエピソードを誰かが創作してくれればいいのだ。