文学フリマ東京27

 今月25日に開催される文学フリマ東京に出店します。
 今回出すものは、クトゥルー神話作品集『真夜中のアウトサイダー/ガロス=レー』という本です。
 内容はーー
 ポーの「赤き死の仮面」を原作としたオペラを構想中の作曲家からの依頼で、私立探偵が失踪したジャズミュージシャンについて調べる「真夜中のアウトサイダー」と、
 ラノベ作家と編集者のコンビが、作者の異なる小説やゲームで言及される謎の存在《ガロス=レー》の正体に迫る「ガロス=レー」
 という短編小説二作入りです。価格800円。
 あと、前回出した前回のコピー誌七冊セット《夢幻都市の黄昏》も持っていきます。
 サークル名は「地下石版」、ブースは【E-44】です。

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 以下は、前回の文学フリマ東京26で配布したチラシのテキストです。

平和島を覆う霧――ドクロ水晶のマ女 番外編

 平島ユウジは京浜急行平和島駅で降りた。
 文学フリマの会場へ行くためである。
 その会場、東京流通センターへはモノレールに乗れば徒歩1分の流通センター駅に着くのだが、大田区蒲田在住のユウジは交通費を節約するために京急の駅から歩くことにしたのだ。微妙に遠いが。
 道は環七沿いに歩けば、ほぼ一直線なので迷う心配はないはずだった。
 首都高を越える歩道橋の階段を上がっていくと、霧が出てきた。
 こんなところで霧とはおかしいなとユウジは思ったが、ともかく進んだ。
一時はまったく視界が効かなくなるほど濃霧になったが、何とか歩道橋を降りるとすぐに晴れた。
 しかし、いくら歩いても流通センターらしき建物には着かなかった。大きな倉庫ばかりが並んでいるところへ来てしまった。
 これは道を間違ったかなと思っていると、前方に人影が見えた。
 奇妙な人物だった。白髪で白いスーツを着て、その上に黒いマント、手にはステッキを持っていた。まるで『仮面ライダー』の敵ショッカーの初代幹部、死神博士のようだった。
 コスプレかな、とユウジは思ったが顔を見るとしわ深い老人である。こっちを睨んでいた。
 できれば近づきたくなかったが、いきなり引き返すのも何なので、仕方なく直進した。
 老人はやはり、刺すような視線でこちらを見ていた。ユウジが緊張しつつすれ違おうとした時、サッと突き出されたステッキが行く手を遮った。
「えっ」と驚くユウジに老人が言った。
「きみは文学フリマへ行こうとしてるのではないのか?」
 ひどくしわがれた声だ。
「え、ええ、そうですけど」
「会場はこちらだ。ついてきなさい」
 と、死神博士風の老人は、倉庫の間の細道へユウジを導いた。
「あの、あなたは?」とユウジは尋ねた。
「私の名は脳見文市、ドクター・ノーミとでも呼んでくれたまえ」
「はあ」
 ユウジは倉庫の入口へ連れてこられた。そこには段ボールに手書きのマジックで《BUNGAKU Flea Ma.》と看板が出ていた。
 ドクターに背中を押されユウジは会場内へ入った。

 薄暗い空間をテーブルがコの字型に取り巻いていた。外側に座った売り子たちは皆、目を伏せ暗い表情をしていた。
「こ、これが文学フリマ……」
「さあ、こちらへ、いいものがあるぞ」
 ドクター・ノーミが彼を右側の端のブースへ招いた。
 テーブルに本が積み上げてある。ユウジが近づいても売り子はうつむいたまま何も言わなかった。
「これは?」
「大江春泥作の幻のアンチミステリ『隠花植物』だぞ」
「はあ」
「なんだ探偵小説は苦手か。ではこれはどうだ」
 ノーミは隣のブースの本を指差した。
アレイスター・クロウリーが書いた秘教的スペースオペラ『ポセイドンの目覚め』だ。欲しいだろう」
「いえ、べつに」
「ふむ、では、別のタイプの本にするか」
 ユウジは左側の列へ連れていかれた。
「これは『洋酒の秘密』」
「何の本ですか?」
「洋酒、つまり西洋の酒についての本だな」
「興味ないですねえ」
 隣のブースへ移動した。
「『試食狂典儀』はどうだ? デパ地下の試食品だけで生活する方法が書いてある」
「何なんですかそれは」
「これも気に入らんか。ならばとっておきの本を見せてやろう」
 ユウジは奥のテーブル、いわゆるお誕生日席へ誘導された。そこには赤い革表紙の分厚い本が一冊だけ置かれていた。
「これこそは究極の魔導書『アクロ=ガイスト』だ。お前が求めている本はこれだろう」
「ぼくはラノベっぽいやつが欲しいんですが」
「いや、お前はこの本が欲しいはずだ。ここを見てみろ」
 ドクター・ノーミは本のページを開いた。そこには六角形の中に奇妙な記号を配置した図が描かれていた。
 ユウジがその図にチラッと目を向けると、急に惹きつけられるものを感じた。
「どうだ欲しくなってきたか」
 ノーミが囁くように言った。

「えっ、ええ、何だか欲しくなってきました」
 まるで心をあやつられているかのようにユウジは答えた。
「そうか、本当に欲しいんだな」
「あ、あの、お値段は?」
「先着一名に限り無料なのだ」
「えっ、タダ、この素晴らしい本が」
「そうだ。欲しければこの契約書にサインしたまえ」
「はい、すぐにサインします」
 ノーミが差し出したペンを受け取りユージはテーブルに広げられた契約書に名前を書き入れようとした。
 その時――。
「待ちなさい!」と女の声が響いた。
 見るとそこには女が一人立っていた。黒いワンピースに鮮やかなオレンジ
のスニーカーを履いていた。右手にはドクロ型の水晶が握られていた。
「キサマ、何者だ!?」とノーミが言った。
「私の名は蒼井水緒」
「ふ、そうか、ドクロ水晶のマ女とか呼ばれている占い師だな。邪魔はさせんぞ」ノーミは素早くステッキを振って虚空に五芒星を描いた。「出でよ、ネクロゴーレム!」
 光り輝く文字が空中に集まり、次第に身長二メートルほどの巨人の姿を形作り始めた。
 蒼井水緒は落ち着いて水晶ドクロを掲げると呪文を唱え始めた。「ドクラドーマ、ドクマグーマ」
 ドクロが激しく発光した。
「くっ」ドクターは焦った。
 ネクロゴーレムはまだ動かなかった。容量が大きいぶん起動までに時間がかかるのだった。
「ルギ!」と水緒が叫ぶとドクロの口から光の矢が飛んだ。
 ドクター・ノーミはその一撃で心臓を貫かれて灰になった。
 ゴーレムは塵に帰り、会場の売り子たちの姿もいつの間にか消えていた。
「この人は一体……?」とユウジは聞いた。
「魔導書に寄生していた蚤の妖魔です。あの契約書にサインしていればあなたは身体を乗っ取られるところでした」
「ええっ、そうだったんですか」
「交通費をケチるのもいいけど、会場までの道順ぐらい覚えておくように」
「はい」
 それからユウジは蒼井水緒に案内され、やっと本当の文学フリマの会場にたどり着けたのであった。
(終)


 文中、死神博士を「ショッカーの初代幹部」とか書いてますが、最近見直したらゾル大佐がいたので登場順では二代目でしたね。
 今回も新チラシ作りました。会場で配布します。