『ダンウィッチの怪』について

 (ネタバレしています。)
 ダニエル・ハラー監督による、もう一つのラヴクラフト原作映画が『ダンウィッチの怪』。
 怪しげな儀式が描かれたオープニングに続いて、ウイルバー・ウェイトリーが図書館ヘ『ネクロノミコン』の貸し出しを求めてやってくるところからはじまるこの作品、雰囲気は異なりながらながら原作の要点は押さえている感じで、シミュラクル的というか、いい意味で原作とは似て異なるものになっている。
 ただ一方で、初見の印象では、中途半端にいじったせいでストーリーをまとめ切れていないようにも思った。例えばウイルバーの兄弟である怪物は、最後どうなったのか、とか。
 しかしこれはあくまで初見の話で、何か見落としているような気がして見直してみたところ、じつはよくまとまっているのだとわかった。
 それというのは、なまじ原作の知識があったため最後の方で、ウイルバーが呪文を唱えているのはヨグ=ソトースの召喚をしているのだ、と思い込んで見てしまったことに原因があった。作中でもアーミテイジ博士の「ウイルバーは超古代の存在をよみがえらせようとするはず」といったようなセリフがあり、それでミスリードされたということもある。
 あの儀式が行われた丘の上で赤い煙の中に一瞬だけ姿を見せたものが、私はヨグ=ソトースの本体だと思ったのだが、よく見るとあの外形はウイルバーの兄弟である怪物、つまり落とし子のほうらしい。つまりあれは召喚されたというよりは怪物が異界へ去ったという描写ではないか。
 そしてこの映画は最後、生贄にされた女性が妊娠していることの暗示で終わる。これはアーミテイジ博士の「これでウェイトリー家は滅んだ」というセリフの後で明かされるので、なかなか衝撃的である。
 しかし彼女はいつ妊娠したのか。彼女はウイルバーと図書館で出会って以降、彼に興味を持ちしばらく行動を共にしているので、その間に性交渉があったと考えられなくはない。ただ、それだと儀式の意味がわからなくなる。
 あの儀式は何なのか。ウイルバーのあげる呪文に注目すると「血を分けた兄弟よ出でよ」と言われるとともにドアが破られ怪物が外へ飛び出す場面がある。そして怪物が村の人々を襲う間、ウイルバーは呪文を唱えつづけている。つまりあの呪文は、怪物をコントロールするためのものではないか。
 そして怪物に人々を襲わせたのは精気というか生命エネルギーを集めるのが目的だったのかもしれない。スペースバンパイアのように。その集めたエネルギーによって生贄の彼女を妊娠させた。
 たぶんウイルバーの最終目的は旧支配者の復活といったことだったのかもしれないが、星の配置がそろわないとか、そうした理由で、次世代に望みを託す、という選択をしたのではなかろうか。
 最後、ウイルバーは雷に撃たれて死ぬ。ここはちょっと唐突だが、その前の場面でウイルバーとアーミテイジ博士が向き合って互いに呪文をかけ合っている。その時のアーミテイジ博士の呪文の効果が落雷だったとも考えられる。つまり雷を召喚したわけだ。そうだとするとここはオーガスト・ダーレスの、ニャルラトテップに対抗してクトグァを召喚する「闇に棲みつくもの」と似てる感じもある。

 あと前回ダニエル・ハラー監督の『襲い狂う呪い』をイドの怪物テーマとして論じたけれど、この映画『ダンウィッチの怪』も、ウイルバーを変人扱いした村の人々を怪物が襲っているわけで、やはりイドの怪物型の話として見ることができる。

 「ダンウィッチの怪」とイドの怪物と言えば、PHP研究所のコミック版『ダンウィッチの怪』の解説を東雅夫が書いているが、その中に以下のような引用がある。

何度も何度も劇団にいる貞子の行動を考えているとき……最終的に脚本には使っていないんですが……表向きの父親である伊熊平八郎に電話をかける芝居を書いてみたんですよ。“私は元気よ。ところで妹は元気なの?”みたいなセリフを貞子がふと言ったらどうだろうって思った途端、勝手に手が書いちゃったんです。そしたら“それ怖い”って感じたんです(笑)。その妹は、伊熊博士の井戸のある屋敷の奥深くに幽閉されているんだろうなって頭に浮かんできて、監督の鶴田さんにプロットを見せたんです。鶴田さんは、妹の存在にゾクッときたと。それでラヴクラフトの『ダンウィッチの怪』が見えてきたんですよ。

(引用元は『リング0恐怖増幅マガジン The貞子』の「高橋洋インタヴュー」)

 この発言は映画『リング0~バースデイ』についてのものである。
 この映画『リング0』では、貞子は大人しい普通の若い女性で劇団員である。しかし貞子にとって邪魔な人物が、霊的な白い服の少女によって殺されていく、という内容で、やはりイドの怪物テーマと言える。
 貞子の周囲で次々に事件が起こるため、結局彼女が疑われ劇団員たちに殺されてしまう。
 一度は死んだかに見えた貞子だが、その後復活する、そして邪悪な霊的存在である妹と合体し、劇団員たちに復讐をする。
 伊熊博士は言う「貞子は母親似だが、もう一人は父親似だった」と。
 最後は伊熊博士の手で井戸に突き落とされ終わる。つまり一作目『リング』へとつながるラストである。

 前回『襲い狂う呪い』をイドの怪物テーマの良心的解決と述べたが、今回の二作の映画『ダンウィッチの怪』と『リング0~バースデイ』は同じイドの怪物テーマでも、悪の側に着地した結末と言えるだろう。