『グラーキの黙示』2

 前回のつづきでラムジー・キャンベル『グラーキの黙示』第2巻の感想です。
(注:ネタバレしています!)

 まず「島にある石」から。これは1964年発表なので、ラヴクラフト模倣期の一巻に入れてもよかったはずだが、読んでみると二巻の文体実験期に位置付けても違和感はない。
 親族の死による遺品の調査からはじまるので、これはキャンベル版の「クトゥルーの呼び声」か、と思いきや、後半は心霊譚的になる。出だしの期待感の割に
神話作品としては物足りない。型は《猟犬型》ですね。

「嵐の前に」。文体実験が最も全面化した作品。ウイリアム・S・バロウズの影響を受けているそう。これだったらラヴクラフト模倣のほうがいいなと思いながら読んでいたが、読み終わってみたら面白かった。高橋洋的な感じがする。『リング2』か、何なら『霊的ボリシェヴィキ』のような狂気が不条理に伝染していく感じ。型はよくわからない、しいて言えば《実現型》かな。

「コールド・プリント」。「嵐の前に」と比べるとまともになっているが、文体はかなり幻惑的。エロ本を買いに行ったらヤバいところへ迷い込んでしまうという展開が何か楽しい。作中で本のタイトルがたくさん出てくるのと、全体の構成は「闇をさまようもの」に近いと思う。しかし型は主人公のほうが引き寄せられるので《神殿型》。

「フランクリンの章句」。外枠の語り手がキャンベル自身で、彼が架空の小説家について語るという構成なのだが、それは余計なもののように感じられる。本にあらわれるメッセージと棺へ迫る魔物の話で十分だったのではないか。それをあえて入れ子状に複雑化させたのは、もはやパルプ的な怪奇小説では飽き足らないということかと思う。型は、フランクリンにとっては《猟犬型》で、アンダークリフとキャンベルにとっては《暗示型》。この作品、オカルトマニア的探索や埋葬された不死者などで「魔犬」とイメージ的に似てる気がする。あとタイトルは「地を穿つ魔」でもよかった。

「窖からの狂気」。スミス風の異世界もの。語りだしからオチまでうまくまとまっていて、ボルヘス的な構成美すら感じる。ポーの「アモンティリアードの酒樽」と似ているが、罠のスケールが大きい。型は、《猟犬型》ともいえるが、神が仕掛けた罠なので《神殿型》に分類したい。
 
「絵の中に描かれていたもの――」。幻想的な絵の説明がえんえんと続く。いわば文字で書かれた画集。これも実験作の一つだろう。「ピックマンのモデル」と関連しているとも言える。

「誘引」。主人公が見ている夢と同じ題材の絵があり、さらに父も同じ夢を見ていて、という話で「クトゥルーの呼び声」に対抗した作品と思われる。その一方で、地球に接近する謎の惑星も描かれて独特のスケール感がある。だが父子の見た夢は何だったのか。ストーリーからすれば、劇場にある望遠鏡の夢らしいが、ならばアトランティスを描いたという絵との関係は? 型は、劇場へ引き寄せられていく《神殿型》でもあるし、夢の実現という《実現型》でもある。あと『グラーキの黙示録』の出し方が、実在のものらしい書物を数冊挙げて、そこへ自作の魔道書を紛れ込ませるというラヴクラフトの「魔宴」や、ブロックの「奇形」で使われていた手法だった。

「パイン・デューンズの顔」。この辺から実験的というよりは普通にうまい小説になってる感。型は、ここへきて初の《血族型》。キャンベルの作風にはじつは《血族型》が合ってるとおもうのだが。主人公が真の血筋を知りテンションが上がる場面は「インスマスの影」を思わせる。

「暗転」。作者はクトゥルー神話のつもりで書いたわけではないということだが、蝋燭に囲まれた教会は「闇をさまようもの」を、村中の人間が教会に集まる場面は「魔宴」を思わせる。ドイツを舞台にしたこともいい効果になっている。主人公が追われることになるきっかけが不明だが、背景を想像するなら、教会にトラペゾヘドロンがあって村人はニャルラトテップに生贄を捧げる契約を結んでいる、とか。ニャルもここでは自力で蝋燭を消せるぶん強くなってる。型は、「窖からの狂気」と同様、表面上は《猟犬型》だが、それ以前に罠にかけられているニュアンスがあるので《神殿型》にしたい。結末で、なぜか車が移動させられているという展開があるが、これが意味不明に思える。ショックよりもサスペンスを高めて終わる手法か。

 最後「砂浜の声」。砂浜にあらわれる模様(パターン)が精神に影響を与えるというメインアイディアは面白い。が結末がやや冗長。そして神話用語なしはさびしい。無理に入れる必要はないが、廃村で文書を見つけるという流れがあるのなら、そこで『グラーキの黙示録』でも、クトゥルーについての手記でも出せたのではないか。型は、よくできた《暗示型》。

 全体の感想。「ムーン=レンズ」と「パイン・デューンズの顔」で「インスマスの影」に、「湖の住人」と「砂浜の声」で「闇に囁くもの」に、というふうにそれぞれ補完関係にあるのではないか。つまりキャンベルはラヴクラフト作品を基本設定と結末に分けて使っている。初期作品では、基本設定を流用しつつ、舞台をブリチェスターに変えてストーリーを展開した。だがそれで、結末まで同じにしてしまうと、いかにも同じ話になってしまう。そこで無理にも違う結末をつけた。そのため、どこか微妙に破綻したような話になった。
 本書第二巻の頃ではそれが、オリジナルのストーリーを展開しつつ結末のつけ方で、ラヴクラフトと同じ地点を目指した。そのことでオリジナリティーもありつつ、安定した神話作品を書けるようになった。というふうに思う。

 第二巻で好きな作品を上げると、バランスの良さということでは「コールド・プリント」や「パイン・デューンズの顔」だが、大胆さ、無茶さも含めて好きな作品はというと一位が「誘引」、二位が「嵐の前に」。
 これと第一巻で好きな「湖の住人」を合わせてベストスリーということで。



 次はカットナーの作品集が読めるぞ、と思っていたが、もう売り切れだった……