『魂を喰らうもの』

 ヘンリー・カットナーのクトゥルー神話作品集『魂を喰らうもの』(海野しぃる訳)を読んだので感想を書いてみる(ネタバレしています)。

 この本は同人出版で、すぐ売り切れて買えない状態だったのだけど、何と文学フリマ盛林堂書房のブースで買えた!
 文学フリマさすがである。
 そしてまずこれ表紙がいい。不気味さとユーモアの混ざったイラストで色のトーンや文字の配置もいい。値段は高めだが、まあそれは良しとしましょう。

 以下、各話の感想ですが、キャンベルの時と同様《猟犬型》とか《神殿型》とかいう用語を使っていますが、これは私が考えたクトゥルー神話の六つの分類で、詳細を知りたい方は、リンク先カクヨムに書いた解説を参照して下さい。

神話製造器(小倉蛇) - カクヨム

 ではまず一作目「墓場の鼠」。
 カットナーのデビュー作。これがクトゥルー神話か、言われるとやや疑問ではある。神話用語が全く出てこないので。しいて言えばグールもの? しかし、鼠たちをあやつっている悪霊のような存在が暗示されているので、それなりにつながりはあるとも考えられる。短編集のプロローグ的な位置づけの作品としてはいいんじゃないでしょうか。型はやや変則的な《猟犬型》といったところ。

「クラリッツの秘密」
 これは私の分類では《血族型》の範型としたもの。クトゥルーやヨグ=ソトース、それにカットナー・オリジナルのイオドにも言及がある。わりとシンプルな構成ながら深遠さを感じさせる内容で私は気に入っている。最後に主人公が自分の墓を見つけるという展開はビアスの「カルコサの住人」と似てるとも言えるが、でも話としては別系統かな……。前作「墓場の鼠」に続いてこの作品も生きながら棺桶に入れられるという結末。だが、前作がアメリカの下層犯罪者、こちらはドイツ貴族と対照的なのが面白い。(あと文中に〈植竹物〉という言葉があって、何かと思ってよくよく読んでみると、どうやら〈飢えた獣〉の誤変換だったようだ。)

「魂を喰らうもの」
ダンセイニ風掌編。ベル=ヤルナクという土地が舞台で王が悪霊と戦う。この王が自殺することで一緒に悪霊も滅ぼす。自殺する結末は私の分類だと《神殿型》(SAN値がゼロになって自殺する)なんだけど、この作品はそれと違って理性によって自殺するというパターン。

「セイレムの恐怖」
 これらは《召喚型》の範型にしたもの。主人公が小説家というのはクトゥルー神話の定番。大概は怪奇作家なのだが、この作品ではそれをロマンス小説の作家にしたことでちょっととぼけた味わいになっている。キャンベルの「魔女の帰還」と似てるが、キャンベルの方がスジは単純だが魔女のエピソードを細かく書き込んでいて雰囲気がある。カットナーのこちらは、音の反響を利用したトリックに面白みがある。

「闇の接吻」
 「セイレムの恐怖」のゴーストハンター、マイケル・リーが再登場。その助手が山田誠で、これがクトゥルー神話への日本人初登場らしい。発表は1937年なので、西尾正「墓場」(1947年)と比べても早い。海辺に家を買った画家のもとへ、山田がこの家は危ないと伝えに来るという展開は「セイレムの恐怖」の再話と思わせる。魔女の名などがスペイン風でエキゾチックな雰囲気がある。そして結末は「魂を喰らうもの」と同型で邪悪なものを巻き込んでの自殺である。型で言うと《血族型》でもあるけどむしろ《召喚型》か。「セイレムの恐怖」がラヴクラフトの「魔女の家の夢」を元ネタにしているとしたら、こちらは「戸口にあらわれたもの」の要素を加えた感じ。ところで、この作品、青心社や国書の既約ではカットナーとロバート・ブロックの共作ということになっている。そして森瀬繚の『クトゥルー神話ダークナビゲイション』には「カットナーはこれを自作と認めたがらなかった」(p135)とある。で、ウィキペディア英語版のカットナーの項によると「実際は完全にブロックによって書かれた。マイケル・リーを使用したためにカットナーを共作者とした。」ということらしい。

「ドムール=アヴィスタの戯れ」
 これもベル=ヤルナクを舞台としたダンセイニ風掌編といったもの。これ、私は最初に読んだときは意味がよくわからなかったのですが、じっくり再読してわかった。ベル=ヤルナクはもともと金銀宝石で覆われた美しい都市だったのですね。そこで《生命の水》を用いたら最後の一行のようになったと、なるほど。でもまだ、ちょっとわからないところがあって、p108一行目、ドムール=アヴィスタとの対話が終わった時点で〈最も貴重な金属へと置き換わっていった〉となっているが、だとすると都市の変成は、その後ソラゾールが生成した《生命の水》のせいではないのだろうか? 型は何型とも言えない、悪魔との契約ものだし。あと、この作品には謎の解説パートがついている。それも明らかに長い文章をぶった切ったもののようだが……?

ダゴンの落とし子」
 異世界ものだが、これはヒロイックファンタジーで〈アトランティスのエラーク〉シリーズの一作。とはいえダゴンを復活させようとする落とし子たちが出てくるので世界観はコアなクトゥルー神話に接続している。で、型は《召喚型》。この落とし子らラヴクラフトの《深きもの》みたいなものだと思うけど、魚のような顔にオウムのような嘴と描写される。カッコイイのでは。エラークはゼンドという魔術師を殺すため宮殿へ行くのだけれど、そこで見かけた身長30センチの小人をいきなりゼンドだと推測したとなっている。ここ小人の正体に気づく何か理由付けが欲しかった。

「境界の侵犯者」
 海辺のコテージで暮らす作家が『妖蛆の秘密』に記された薬品を用いたために異界のものに襲われるが、人類に味方するヴォルヴァドスを召喚して助かるという「ティンダロスの猟犬」(ロング)と「闇に棲みつくもの」(ダーレス)を合わせたような話。なので《猟犬型》の要素もあるが結果的には《召喚型》。これまでこの作品集では別個に語られてきた現実編と異世界編がここで交わるという様が感動的。この作品、内容そのままで映画にしたら『死霊のはらわた』にドラック幻覚を足したようないい感じの低予算スプラッターになりそう。流血シーンは少なめだが。

「蛙」
うっかり封印を解いてしまったために蛙のような怪物に追われる男を描いている。結末は唐突な感じもするが、マシスンの「激突!」のようなひたすら追われるサスペンスを楽しむ作品なのだろう。分類上は《猟犬型》。魔女と怪物の関係が神話的だが神話用語への言及はない。が、舞台である〈モンクズ・ホロウ〉は後に「狩りたてるもの」で再登場する。

「恐怖の鐘」
 「ドムール=アヴィスタの戯れ」のところで述べた解説文によると、この作品はラヴクラフト「闇をさまようもの」のオマージュなのだとか。なるほど、これは気づかなかったので有難い。「闇をさまようもの」は《猟犬型》だけどこの作品では精神を侵されるので《神殿型》で、鐘を破壊したことでズシャコンの出現を阻止したということでは《召喚型》。『イオドの書』が初登場だがこれはカットナーではこの一作にしか出てこない。後の二作で言及される『カルナックの書』より響きや字面はいいんだが(なぜか『カルナックの書』は辞典類ではほとんど言及がない)。

「ハイドラ~魂の射出者~」
 ハイドラと言えばラヴクラフトインスマスの影」では〈母なるハイドラ〉と〈父なるダゴン〉とセットで語られる存在だが、ここでは犠牲者の生首が大量に浮かんでいるという描写からすると、多数の頭を持つ蛇であるギリシャ神話のハイドラ(ヒュドラ)のイメージが起源ではないかと思う。とは言え、アザトースにも言及されるのでクトゥルー神話であることは間違いない。前半はハイドラの話だったのが途中からアザトースの話になるのでちょっと混乱する。型はハイドラに関しては《猟犬型》、アザトースに関しては《神殿型》という感じ。

「狩りたてるもの」
 モンクズ・ホロウのある家で男が魔術的な儀式を行おうとしているところへ来客がある。この冒頭からすると《召喚型》のようだが、じっさいはこの儀式の執行者を射殺した犯罪者が呪われる、つまり精神を侵されるという話なのでこれは《神殿型》。犯罪もの+クトゥルー神話ということで私の好きな雰囲気。なのだけど、幻覚パートの使い方にもう少し工夫があればなお良かった。いっそのことキャンベルの「嵐の前に」のように文章を混沌化させて終わるとか。結末は〈生きながらの埋葬〉で、最初の二作での結末が回帰して本書は終わる。

 全体の感想。この本はカットナーのクトゥルー神話関連作を古い順に並べただけと思われるが、それでいて緻密に構成された組曲のように連作としての物語性も感じられるところが面白い。
 まず邪悪なものの存在が語られるが、ゴーストハンターや人類に味方する神の活躍も描かれる。「境界の侵犯者」がクライマックスで悪が撃退される。だが、その後もモンクズ・ホロウのような危険な地は存在するし、悪の根源たるアザトースも復活の機会を待っている。人類の危機は去ったわけではないという余韻を響かせつつ、最初の主題〈生きながらの埋葬〉が再度語られ幕。と、なかなか見事な構成なのでは。
 カットナーの作品はクトゥルー神話に必要な〈パルプ感〉と〈コスミック感〉のバランスが良く、その意味ではいいのだが、欲を言えば、手がかり辿っていくことで徐々に真相が明かされる、探偵小説的な構成性があればさらにラヴクラフト的になったのではないかと思う。

 型について補足。上記の分類では《猟犬型》《神殿型》《血族型》《召喚型》が使われている。私の分類ではあと《実現型》と《暗示型》というのがあるのだが。《実現型》の方は、魔道書の記述が実現するという型なので「境界の侵犯者」や「ハイドラ~魂の射出者~」が当てはまる。《暗示型》は、何が起こったのかわからないまま人が消えるといったタイプの話。この型の話はなかった。「ハイドラ」をオカルトを信じない立場から書けばこの型になったかも。

 最後に、この本の中の作品ベスト3を挙げるなら――「クラリッツの秘密」「境界の侵犯者」「狩りたてるもの」となる。