樹木型の文章自動生成

 前回のこのブログで公開したプログラムは文章を自動生成するというもの。
 それは、部分ごとにあらかじめ候補になる文を複数用意しておいて、ランダムにそれをつないでいくことで文章になる。
 プログラムとしては難しいものではなくて、よく初心者向けのサンプルである「おみくじ」を長くしたようなものである。
 たとえば――

  あなたの運勢は**です。

 これの**の部分を「大吉」とか「凶」に変えるやつ。
 こういう部分的に(あるいは一文まるごとでも)可変する文を連ねただけの話。
 このような自動生成の方法は、枝のように分かれた選択肢をたどっていくということで《樹木型》と呼べると思う(あるいは《ツリー型》)。

 では、この《樹木型》の自動生成ではどんな文章が作れるだろうか?
 可変する場所と選択肢を増やしていけば、どんな文章でも作れる、そう思いますよね。
 理論上はそうです、しかしそれを実際にやるとなるとこれがなかなかむずかしい。

 たとえば――

  aの出身地はbです。

 という文があったとしてaには〔私、あなた、彼、彼女〕の四種類、bには〔東京、千葉、埼玉〕の三種類のどれかが入るようにする。ここまではいい。
 だが真ん中の「出身地」を変えることはできるだろうか。「目的地」「旅行先」などにすることはできる(真偽は問わず意味が通ればよい)。
 しかしたとえばそこを「運勢」などとした場合は、おかしくなる。あなたの運勢は埼玉です、とか。
 こうした短い文ならば第二項の選択肢それぞれに対応する第三項の選択肢のグループを用意するのはさほどの手間ではない。しかし、これを短いものでも小説一作分行うとなると、膨大な手間になる、ということはお分かりいただけると思う。

 何が言いたいのかというと、文章にはそれぞれ固有の「構造」というようなものがあって、この構造に沿って変更できる部分は、同類の言葉で置き換えても意味は通る。しかし、構造が崩れてしまうような部分を変更するとなると、全体を一から考え直さなければならなくなる、ということです。
 だから、前回のバットマン文をクトゥルー文に書き換えるというように、元ネタがあってそのパロディというか劣化コピーというかシミュラクルというか、そういった似て異なる文を作るのには《樹木型》の自動生成が使えるが、構造自体を可変させるような自動生成はなかなかむずかしい。


 あと、「構造に沿って変更できる部分は、同類の言葉で置き換えても意味は通る」と書きましたが、この「同類の言葉」というのは「対義語」つまり反対の意味の言葉でもわりといける。
 そのことはレヴィ=ストロースが『神話論理』という本でいってるらしい、私は読んでないのだが。新書の『はじめての構造主義』とか『レヴィ=ストロース入門』とかを読んでヒントを得たのだ。それでだいぶ以前に作ったプログラムがこれ――

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 どういうものかは、まあ試してみて欲しい。

AIにクトゥルー神話を書かせることは可能か?

 最近、AIに小説が書けるかということを考えている。
 そのきっかけはこの記事――

front-row.jp

 自分もAIを使ってこんな文章を書かせることができたらと、そう思ったのである。
 クトゥルー神話とかをね。
 もちろんただの素人がAIなどを扱うのは難しいかもしれない。だが、本屋に行ったらAIをプログラミングできるみたいな本が並んでいるし、勉強すれば何とかなるのではなかろうか。
 そんなわけで、いろいろ苦労を重ねた挙句、1000時間かけてウチの格安PCに出力させたのが以下の文章。

 私は病んだ精神をなだめすかしながら、ある文書を焼き捨てようとしている。
 あの時、私は、《アルハザードのランプ》を覗きこもうとしていた。それがどんな悲劇を招くかも知らずに。
「私は今や人間を超えた。もはや神をも恐れない」
 風が強くなってきた。融けかかった電話から道化師の声が聞こえる。
「アルミの羽目板はいりませんか」
 私は電話を黙らせた。しばらくして、どこからともなく鼠がやってきた。
 鼠は左右にふらつきながら近づいてきた。それから目を光らせてこちらを見た。
「不思議な鼠だ、何かにあやつられているようだ」
 鼠は私の網膜にファンタズムを送り込んできた。
 花のように鮮やかな城砦。巨人のようなオベリスク
 星降る静寂の夜に、蜥蜴たちが墓を暴く。
 詩人が夢を見る。笑う琥珀の仮面。
 いつの間にか鼠は退散した。しかし、あたりには異様な臭いが漂っていた。
「さあ、私とお前だけだ。《無形の落とし子》よ、出てこい。」
 虚無の暗黒の中から《無形の落とし子》があらわれた。
 そいつは言った。「俺は水を飲むように無秩序を飲む」
 私は口実を探したが、それは遠すぎた。
 この事実に私は希望を見出した。
 私は冷静にドー=フナの呪文を唱えた。
 《無形の落とし子》は獣的な第六のセンスでそれをかわした。
 蒼古の防御だ。
「俺は夢を見たことがない。それが俺の夢だ。お前は夢を見るか? 俺は見ない」
 私はキシュの印を結んだ。
 夜明けの空にUFOが飛んでいた。ゆっくりと降下してきた。
 次元の裂け目で無数の口が牙をむいた。
 《無形の落とし子》は私に向かって戦慄的な思念を送ってきた。
「おめでとう。今日がお前の命日だ。だが、それは死ではない」
 私は自分の精神が暗闇にのまれていくのを感じていた。
 森が震え、死者が立ち上がる。
 これはニャルラトホテプの悪夢だ!

 プログラムで作ったのでヴァリアントもいくらでも作れる。
 そのプログラムがこれ。

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 はやめに断っておくとこれはべつにAIというほどのものではない。もっともAIという語には明確な定義はないらしいけど。
 にしてもともかく、現状AIにまともな文章を書かせるのは不可能らしい、ということが少し勉強しただけで分かった
 その勉強のために今回読んだのがこの二冊。

人工知能は人間を超えるか』 松尾豊
『コンピュータが小説を書く日 AI作家に「賞」は取れるか』 佐藤理史

 一冊目は一般向けの概論書として知られたものらしいので、とりあえずこれからという感じで選んだ。
 二冊目はAIに小説を書かせるということを直接テーマにしているように思えたので。

 『人工知能は人間を超えるか』で、AI開発のだいたいの流れはわかる。
 機械学習というのが何なのかみたいなことについては、ざっくりしすぎていて、よくはわからない。
 素人に理解させるのは土台無理ということなんだろう。
 この本の中では「人間の知能の原理を解明し、それを工学的に実現するという人工知能はまだどこにも存在しない」と書かれている。つまり「まだできていない」のだ。スマート家電みたいなものは「ごく単純な制御プログラムを搭載しているだけ」らしい。
 最新技術のディープラーニングで「猫の画像」が識別できるようになった。
 同様の方法で聴覚や触覚などに関わる情報の識別もできるようになれば、AIはいずれ人間と同じ「概念」を理解できるようになる。言語が出理解できるようになるのは、それからなのだとか。
 本書の予測によれば、それも2025年ごろには実現するとされている。あと五年だ。


 『コンピュータが小説を書く日』の著者佐藤理史は、「気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」の「文章生成班」に属する人。
 このプロジェクトは「コンピュータによるショートショートの自動創作を研究」している。そしてその成果の作品が、2015年の「第3回星新一賞」に応募され、一次選考を通過した、と話題になったのである。
 本書前半は、そのプログラムができるまでのレポートで、文章生成に対する考え方が丁寧に説明されている。
 そのプログラムというのは、あらかじめ用意した候補文を乱数で選択していく方法らしい。
 大枠のストーリーは作者=プログラマーが考えたものだが、このシステムを使うことでシチュエーションを細かく変えられる。
 それで応募作「コンピュータが小説を書く日」は、同じ出来事がシチュエーションを変えて三度繰り返されるという構成になっている。

ここでじっさいプログラムを動かせる。
コンピュータが小説を書く日

 で、結局のところ、これもAIというほどのものではないですね。本書でも触れられている官能小説自動生成ソフト七度文庫を超えるものではないでしょう。
 佐藤理史は、「「人工知能」という用語は、具体的なシステムを指す用語ではなく、研究分野を意味する言葉」と書いていて、じっさい人工知能で小説を書くみたいなことは一度もいっていない(と思う)。
 「AI作家に「賞」は取れるか」という副題も「出版社の意向」でつけられたとのこと。疑問形だし。
 どうもこの本は「AI作家誕生か」とマスコミにやたらと持ち上げられたのを否定するために書かれたものらしい。

 あとこの著者は、「ロボットは東大に入れるか」通称「東ロボ」というプロジェクトにも国語担当で参加していて、本書第6章はその話題にあてられている。現状コンピュータには文章が読めないということが述べられているのだが、本書が出た直後には結局「凍結」という結果になってしまった。


 と、いうわけで、この二冊を読んだだけで、小説を書けるAIなどは存在しない、ということがよくわかった。

 しかしじゃあ、あのバットマンの文は何なのか?
 これも、はてブのコメントによるとコメディアンが書いたネタらしい。
 そのつもりで読み直してみるとたしかにネタっぽい。そもそもバットマンの映画は1000時間もないし(と、思ったが上映時間とコンピュータが分析に使う時間はイコールではないので、一本の映画の分析に1000時間かけることはあるのかも)。
 やっぱりAIなど、素人が手を出すにはハードルが高いのだろうか。
 ブックオフで見かけて目をつけておいた、AIをプログラミングできるという本も、念のためアマゾンのレビューをみてみたら「こんなもんAIじゃねぇ」と袋叩きになっていた。まあAIに明確な定義はないのでしょうがない。

 そんなこんなで、AIにクトゥルー神話を書かせるという計画は一度は投げ出したのだが、しかしあのバットマン文には未練があった。あの文章を読んだことでやる気を出したのだ。
 思えばあれは、世間が考えるAIのイメージをよくつかんでいたと言えるのではないか。だから翻訳記事になり、はてブも集めていた。私も初見の時は「なるほどAIが書くとこうなるのか」と思って読んでいた。
 と、いうことは、あの文を下敷きにして文章を書けば、ともかく「AIが書いた風」の文章になる!
 じゃあそれを書いてみよう。どうせなら複数の文が生成できるプログラムにしよう。となったんである。

 30行という長さも手頃だったので、一行ずつ置き換えていく感じで候補を作り乱数で選ぶようにした。
 最初に、元の文の最後の一行「これはジョーカーのジョークだ。」を「これはニャルラトホテプの悪夢だ。」というふうに変えれば何とかなるだろうと思いつき、他にも何種類かクトゥルーっぽいオチの文を考えて、そこへつながるように一行目から書き換えていった。
 途中で面倒くさくなってもとのフレーズをそのまま使ったりもした。
 あと日本語として微妙なほうがAIっぽくなるかと思ってそういう表現も入れる。

 こうして完成したのが上に挙げたプログラムとその出力文なのです。

 AIの開発に使うというプログラム言語Pythonの入門書も買ったけど、まだ一ページも読んでいない。
 それよりも、私でも使える基礎レベルのJavaScriptでもまだやれることはあるのではないか?
 今はそんな気がしている。

文学フリマ東京29

 ワタクシ、第二十九回文学フリマ東京に出店します。

  第二十九回文学フリマ東京【入場無料】
  2019/11/24(日) 11:00〜17:00
  ・会場: 東京流通センター
  ・詳細: https://bunfree.net/event/tokyo29/

 今回持っていく本は――
 既刊が、クトゥルー神話作品集『真夜中のアウトサイダー/ガロス=レー』(800円)という短編二作入り。
 それと、大和屋竺の殺し屋映画研究本『暗殺のポルノ』(500円)というもの。

 そして新刊が、クトゥルー神話連作《髑髏水晶の魔女》シリーズの『水晶の中の銀河/月の庭園』短編二作(700円)。
 「水晶の中の銀河」は以前コピー誌として出したものの再録ですが、「月の庭園」は書下ろし新作です。

 ブースは【サ‐31】となっております。
 ぜひお立ち寄りください。

チラシ

 5月6日の文学フリマ無事に終わりました。
 ブースに足を運んでいただいた方ありがとうございました。


 で、以下は前回(2018年11月)の文学フリマで配布したチラシです。
 ミニゲームになっているので遊んでみてくださいね。


クトゥルー神話ミニアドベンチャーゲーム
『怪奇!叔父が消えた館』

 このチラシはゲームブック形式のミニゲームです。
 文章を読んで選択肢を選んだら、そこで指示された節へ進んでください。
 a~fのアルファベットの節にたどり着いたらそこで終わりです。


 あなたは親戚からたのまれ失踪した叔父を探すことになった。
 叔父は有名な考古学者で、あなたも大学で考古学を学んでいるのでわりと親しかったのだ。
 ここは都内の住宅街にある叔父の家である。あなたは、隠されていた鍵を発見して家へ入ることに成功した。
 部屋の中を調べると、机の上にノートを見つけた。
 ノートを開くと、叔父の文字がびっしり書き込まれている。
 それは『無名祭祀書』や『妖蛆の秘密』といった書物からの抜き書きと、その翻訳を試みたメモのようだった。
 どうやら叔父は、呪われた妖術師の一族について調べていたらしい。
 ノートの最後には「邪声館を調べる!」という走り書きがあって、住所も記されていた。
 叔父はそこへ行ったということだろうか?
 ほかに手掛かりらしいものは見つけられなかったので、あなたはこの邪声館なる場所へ行ってみることにした。
 部屋を出る前に、あなたは棚の上に並べられた三つのものに目を止めた。
 それは〈黒い鍵〉〈赤い石〉〈緑の瓶〉である。
 あなたは虫の知らせのようなものを感じて、このうちの一つを御守りとして持っていこうと思った。

  〈黒い鍵〉〈赤い石〉〈緑の瓶〉

 この三つのうちどれを持っていくか、一つを選んで記憶しておくこと。

 移動の途中、ネットで邪声館について調べると以下のことがわかった。

  ・明治時代に欧州から移住してきた妖術使いが住んでいたが、現在は無
  人の謎めいた館である。
  ・付近の村人が行方不明になることがあり、館で妖術の実験に使われた
  のではという噂がある。
  ・時おり中から奇怪な叫び声のようなものが聞こえるので“邪声館”と
  呼ばれている。


 その館は、千葉県某所の海にも近い森の中に建っていた。
 玄関のドアは開いていて、中に入ることができた。
 この先へ進むために、あなたは次の三つのルートから一つを選ばねばなら
ない。

  奥へ進む廊下   1へ
  二階へ上る階段  2へ
  地下へ下る階段  3へ


  1
 廊下を進むと突き当りにドアがあった。
 ドアから部屋に入るとその奥には大きな金庫のようなものが置かれていた。
  〈黒い鍵〉を持っているなら  aへ
  持っていなければ       bへ


  2
 階段を上っていくと天井から何かが垂れ下がってきた。
 それは無数の触手をもった怪物ニョグダだ!
  〈緑の瓶〉を持っているなら  cへ
  持っていなければ       dへ


  3
 階段を下っていくと暗い地下室へ出た。
 足を踏み入れると床の落とし穴が口を開けあなたは落下した。
  〈赤い石〉を持っているなら  eへ
  持っていなければ       fへ

  a
 あなたは〈黒い鍵〉を使うことで金庫の扉を開けることができた。
 そこには伝説の魔道書『ネクロノミコン』が――
 外国語の得意なあなたは読み始めると止まらなくなった。
 自宅へ持ち帰り研究をつづけることにした。
 その結果、禁断の知識に触れたためあなたは気が狂ってしまった。

  b
 金庫には鍵が掛かっていて開けられなかった。
 あなたが部屋の中央に立つと、床が光り出した。
 突然、気が遠くなるような感覚があった。
 気がつくと、そこは凍てつく荒野のカダスである。
 あなたはその地をさまよい歩いた末、食屍鬼の群れに襲われて死んだ。

  c
 あなたはニョグダに〈緑の瓶〉を投げつけた。
 中の液体がかかると怪物は溶けながら消え去った。
 二階の部屋には一枚の肖像画があった。館の主の妖術師を描いたものだ。
 そしてその顔のは叔父とよく似ている気がした。それ以上にあなた自身に似ている。あなたは呪われた妖術師の子孫なのだった。

  d
 ニョグダはあなたに襲いかかってきた。
 無数の触手が体中に絡みつき引き寄せられていった。
 巨大な口に飲みこまれ、あなたは死んだ。

  e
 あなたの身体は宙に浮いていた。〈赤い石〉が光っていた。
 石の力で落とし穴には落ちずに済んだ。
 地下室を調べると手帳を見つけた。それは叔父の残したもののようだ。
 この手帳の内容を調べれば叔父の行き先がわかるだろう。探索はつづく。
 
  f
 落下したあなたは斜めになった通路を滑り降りていった。
 そして海中へ投げ出された。溺れる……
 そう思ったが、あなたの身体に変化が生じた。
 手足には水かきが、呼吸はえらでできた。
 あなたは〈深きもの〉とよばれる海棲人だったのだ。
 何かに導かれるように深海へと旅立っていった。

文学フリマ東京28

 明日(2019/05/06)文学フリマ東京に出店します。
   https://bunfree.net/event/tokyo28/#20190506
 いつもはクトゥルー神話小説が専門の私ですが、今回は映画評論です。
 脚本家・映画監督の大和屋竺についての研究本『暗殺のポルノ』というのを出します。
 内容は――
〈復讐の悪夢空間
 大和屋の監督としての代表作『裏切りの季節』『荒野のダッチワイフ』『毛の生えた拳銃』についての論考。
 エドカー・アラン・ポーやアンブローズ・ビアスの小説との関わりや、三作に共通の構造など。
〈帰ってきた男〉
 『殺しの烙印』について。
 同時期の『拳銃は俺のパスポート』との比較、また、リチャード・スタークの小説『悪党パーカー/人狩り』経由でリンクした『殺しの分け前ポイント・ブランク』との比較から『殺しの烙印』の特徴を明らかにする試み。
〈荒野のメタルスーツ〉
 『荒野のダッチワイフ』の影響を受けた押井守監督作『紅い眼鏡』について。
 そして『荒野のダッチワイフ』は《ループもの》なのかについて。
 と、いった感じになっています。他に、BGM用楽曲リストや、関連した殺し屋映画の紹介もあります。

 ブースは【エ-29】、サークル名「地下石版」です。
 前回出しましたクトゥルー神話作品集『真夜中のアウトサイダー/ガロス=レー』も置いてます。

 価格は――
 『暗殺のポルノ』500円
 『真夜中のアウトサイダー/ガロス=レー』800円
 となっています。
 よろしくお願いします。

文学フリマ東京27

 今月25日に開催される文学フリマ東京に出店します。
 今回出すものは、クトゥルー神話作品集『真夜中のアウトサイダー/ガロス=レー』という本です。
 内容はーー
 ポーの「赤き死の仮面」を原作としたオペラを構想中の作曲家からの依頼で、私立探偵が失踪したジャズミュージシャンについて調べる「真夜中のアウトサイダー」と、
 ラノベ作家と編集者のコンビが、作者の異なる小説やゲームで言及される謎の存在《ガロス=レー》の正体に迫る「ガロス=レー」
 という短編小説二作入りです。価格800円。
 あと、前回出した前回のコピー誌七冊セット《夢幻都市の黄昏》も持っていきます。
 サークル名は「地下石版」、ブースは【E-44】です。

bunfree.net


 以下は、前回の文学フリマ東京26で配布したチラシのテキストです。

平和島を覆う霧――ドクロ水晶のマ女 番外編

 平島ユウジは京浜急行平和島駅で降りた。
 文学フリマの会場へ行くためである。
 その会場、東京流通センターへはモノレールに乗れば徒歩1分の流通センター駅に着くのだが、大田区蒲田在住のユウジは交通費を節約するために京急の駅から歩くことにしたのだ。微妙に遠いが。
 道は環七沿いに歩けば、ほぼ一直線なので迷う心配はないはずだった。
 首都高を越える歩道橋の階段を上がっていくと、霧が出てきた。
 こんなところで霧とはおかしいなとユウジは思ったが、ともかく進んだ。
一時はまったく視界が効かなくなるほど濃霧になったが、何とか歩道橋を降りるとすぐに晴れた。
 しかし、いくら歩いても流通センターらしき建物には着かなかった。大きな倉庫ばかりが並んでいるところへ来てしまった。
 これは道を間違ったかなと思っていると、前方に人影が見えた。
 奇妙な人物だった。白髪で白いスーツを着て、その上に黒いマント、手にはステッキを持っていた。まるで『仮面ライダー』の敵ショッカーの初代幹部、死神博士のようだった。
 コスプレかな、とユウジは思ったが顔を見るとしわ深い老人である。こっちを睨んでいた。
 できれば近づきたくなかったが、いきなり引き返すのも何なので、仕方なく直進した。
 老人はやはり、刺すような視線でこちらを見ていた。ユウジが緊張しつつすれ違おうとした時、サッと突き出されたステッキが行く手を遮った。
「えっ」と驚くユウジに老人が言った。
「きみは文学フリマへ行こうとしてるのではないのか?」
 ひどくしわがれた声だ。
「え、ええ、そうですけど」
「会場はこちらだ。ついてきなさい」
 と、死神博士風の老人は、倉庫の間の細道へユウジを導いた。
「あの、あなたは?」とユウジは尋ねた。
「私の名は脳見文市、ドクター・ノーミとでも呼んでくれたまえ」
「はあ」
 ユウジは倉庫の入口へ連れてこられた。そこには段ボールに手書きのマジックで《BUNGAKU Flea Ma.》と看板が出ていた。
 ドクターに背中を押されユウジは会場内へ入った。

 薄暗い空間をテーブルがコの字型に取り巻いていた。外側に座った売り子たちは皆、目を伏せ暗い表情をしていた。
「こ、これが文学フリマ……」
「さあ、こちらへ、いいものがあるぞ」
 ドクター・ノーミが彼を右側の端のブースへ招いた。
 テーブルに本が積み上げてある。ユウジが近づいても売り子はうつむいたまま何も言わなかった。
「これは?」
「大江春泥作の幻のアンチミステリ『隠花植物』だぞ」
「はあ」
「なんだ探偵小説は苦手か。ではこれはどうだ」
 ノーミは隣のブースの本を指差した。
アレイスター・クロウリーが書いた秘教的スペースオペラ『ポセイドンの目覚め』だ。欲しいだろう」
「いえ、べつに」
「ふむ、では、別のタイプの本にするか」
 ユウジは左側の列へ連れていかれた。
「これは『洋酒の秘密』」
「何の本ですか?」
「洋酒、つまり西洋の酒についての本だな」
「興味ないですねえ」
 隣のブースへ移動した。
「『試食狂典儀』はどうだ? デパ地下の試食品だけで生活する方法が書いてある」
「何なんですかそれは」
「これも気に入らんか。ならばとっておきの本を見せてやろう」
 ユウジは奥のテーブル、いわゆるお誕生日席へ誘導された。そこには赤い革表紙の分厚い本が一冊だけ置かれていた。
「これこそは究極の魔導書『アクロ=ガイスト』だ。お前が求めている本はこれだろう」
「ぼくはラノベっぽいやつが欲しいんですが」
「いや、お前はこの本が欲しいはずだ。ここを見てみろ」
 ドクター・ノーミは本のページを開いた。そこには六角形の中に奇妙な記号を配置した図が描かれていた。
 ユウジがその図にチラッと目を向けると、急に惹きつけられるものを感じた。
「どうだ欲しくなってきたか」
 ノーミが囁くように言った。

「えっ、ええ、何だか欲しくなってきました」
 まるで心をあやつられているかのようにユウジは答えた。
「そうか、本当に欲しいんだな」
「あ、あの、お値段は?」
「先着一名に限り無料なのだ」
「えっ、タダ、この素晴らしい本が」
「そうだ。欲しければこの契約書にサインしたまえ」
「はい、すぐにサインします」
 ノーミが差し出したペンを受け取りユージはテーブルに広げられた契約書に名前を書き入れようとした。
 その時――。
「待ちなさい!」と女の声が響いた。
 見るとそこには女が一人立っていた。黒いワンピースに鮮やかなオレンジ
のスニーカーを履いていた。右手にはドクロ型の水晶が握られていた。
「キサマ、何者だ!?」とノーミが言った。
「私の名は蒼井水緒」
「ふ、そうか、ドクロ水晶のマ女とか呼ばれている占い師だな。邪魔はさせんぞ」ノーミは素早くステッキを振って虚空に五芒星を描いた。「出でよ、ネクロゴーレム!」
 光り輝く文字が空中に集まり、次第に身長二メートルほどの巨人の姿を形作り始めた。
 蒼井水緒は落ち着いて水晶ドクロを掲げると呪文を唱え始めた。「ドクラドーマ、ドクマグーマ」
 ドクロが激しく発光した。
「くっ」ドクターは焦った。
 ネクロゴーレムはまだ動かなかった。容量が大きいぶん起動までに時間がかかるのだった。
「ルギ!」と水緒が叫ぶとドクロの口から光の矢が飛んだ。
 ドクター・ノーミはその一撃で心臓を貫かれて灰になった。
 ゴーレムは塵に帰り、会場の売り子たちの姿もいつの間にか消えていた。
「この人は一体……?」とユウジは聞いた。
「魔導書に寄生していた蚤の妖魔です。あの契約書にサインしていればあなたは身体を乗っ取られるところでした」
「ええっ、そうだったんですか」
「交通費をケチるのもいいけど、会場までの道順ぐらい覚えておくように」
「はい」
 それからユウジは蒼井水緒に案内され、やっと本当の文学フリマの会場にたどり着けたのであった。
(終)


 文中、死神博士を「ショッカーの初代幹部」とか書いてますが、最近見直したらゾル大佐がいたので登場順では二代目でしたね。
 今回も新チラシ作りました。会場で配布します。

スピルバーグ・ユニバースのクトゥルー神話

 あるセールスマンが出張のため車でハイウェイを走っていると、後ろからトレーラーにあおられ追突されそうになる。
 必死で逃げるセールスマン。トレーラーは崖から転落し炎上する。
 警察が残骸を調べると、その中から古代文字が刻まれた石版の欠片が出てくる。
 一方、とある観光地のビーチでは人喰いザメがあらわれパニックになっていた。
 ハンターが仕留めたサメの胃袋を調べると、そこからも古代文字が刻まれた石版の欠片が出てくる。


 ミスカトニック大学で考古学を教えているインディ・ジョーンズ教授のもとを政府職員がおとずれ、二つの石版の欠片を見せ、その出所の調査を依頼する。
 インディはその石版の文字が南米のある遺跡特有のものと突き止め、調査に行く。現地で謎の金髪美女と知り合う。
 遺跡を調べると邪神の彫像が見つかる。だがその直後、謎の武装集団に襲われ彫像は奪われてしまう。


 大学へ戻ったインディはFBIからの報告で、トレーラーが暴走したのは、ある宗教団体のために荷物を運んだ帰路だったことが判る。その宗教団体の施設が人喰いザメがあらわれたビーチの近くにあるのだ。トレーラーが運んでいたのは海底調査用の機材だった。
 インディは大学図書館の資料で南米で目にした彫像を調べ、それがクトゥルー像ではないかと考える。
 宗教団体の施設を調べに行くインディ。そこで南米で会った金髪美女と再会する。彼女はCIAの調査員だったのだ。
 そこへまた武装集団が襲ってくる。かれらは宗教団体に雇われた傭兵部隊らしい。インディは銃弾を受け意識を失う。


 気がつくとインディは、傷の手当てを受けていた。彼を助けたのはアマチュアのUFO研究家のグループだった。
 かれらは宇宙からの謎の電波を受信し、UFO召喚の儀式を行っているのだった。
 かれらの得た情報によると、宗教団体は海底から輝くトラペゾヘドロンという神秘的な物体を引き上げた。その作業中に観光客を近寄らせないために、石版の欠片を使って人喰いザメをコントロールしていた。トレーラーの運転手も秘密を守るため処分したのだった。
 宗教団体は、輝くトラペゾヘドロンの力を使ってクトゥルーを召喚しようとしているらしい。
 捕らえられた金髪美女はクトゥルーへの生贄にされるだろう。その儀式が行われるのはインスマスという海辺の町だと教えられる。


 電波障害で無線が使えず、インディは一人でインスマスへ向かう。
 何とか金髪美女は助け出すが、深きものどもに包囲されて町から脱出できない。その上、海上には召喚されたクトゥルーも姿を見せている。
 もうだめか、と思われたとき、空に巨大UFOがあらわれる。UFO研究家の召喚儀式が成功したのだ。
 UFOからの光を受けると、深きものどもは体が溶け出し逃走する。クトゥルーもUFOから光線で攻撃され沈んでいった。


 ……というわけで、『レディ・プレイヤー1』を見たので、考えたスピルバーグ・ユニバースのクトゥルー神話でした。