もう一つの「クトゥルーの呼び声」へ向かって

注:この文章は、前回2017年11月の文学フリマ東京の会場で配布したチラシのものです(多少改変してます)。

クトゥルー神話とは何か?

 それは、1920~30年代にパルプ雑誌怪奇小説を発表していたH・P・ラヴクラフトが、文通などで交流のあった他の小説家と魔道書や邪神の名などを秘かに共有していたことから作り上げられていった神話体系であり、その内容は、太古の邪神がいかに人類を脅かすかといったことが描かれている――と、まあ大雑把に説明すればこんな感じだ。
 そして現在、それはここ日本でも多くの作家によって書き継がれ、TRPGのリプレイという形でネットの動画サイトをも賑わしている(一説によると5800円もする『クトゥルフ神話TRPG』のルールブックが女子高生たちに飛ぶように売れているとか)。
 つまりちょっとしたブームになっているわけだが、しかし、その内実はと言えば、ライトノベルもあれば架空戦記もあるといった具合にひじょうに拡散しているのが現状である。それが悪いと言うつもりはないが、が、では立ち返るべき中心はどこにあるのか、それを確認しておくのも無益ではないだろう。拡散したまま雲散霧消とならないために。

クトゥルー神話で最重要の一作は?

 数あるクトゥルー神話の中で最重要の一作、中心となる作品は何か、と問われるなら、やはりラヴクラフト作「クトゥルーの呼び声」を挙げたい。
 いや、しかし、クトゥルー神話は用語の共有を起源としている、つまり複数の作品の関係性が神話と呼ばれているのだからどれか一作を中心として選ぶことはできないのではないか、と考えることもできる。
 だが、さにあらず、「クトゥルーの呼び声」という作品は一読あきらかなように三部構成になっている。で、この三部はそれぞれ独立したエピソードとしても読める(その証拠にたとえばラヴクラフトの短編「ピックマンのモデル」「レッド・フックの恐怖」「ダゴン」を並べて細部を調整すれば「クトゥルーの呼び声」とだいたい同じ話ができる)。つまり「クトゥルーの呼び声」には、〈粘土板の恐怖〉〈ルグラース警視の話〉〈海からの狂気〉という三つ章、さらにその中で言及される無数のエピソード、それらの関係性の探求が描かれている。言い換えれば、クトゥルー神話の発見それ自体が主題となっているのである。これが「クトゥルーの呼び声」を神話作品の中心をなす最重要作と考える理由である。

クトゥルーの呼び声」と似た作品

 であるならば、クトゥルー神話を書き継ぐ、それもジャンルの中心に向かって書くということは、もう一つの「クトゥルーの呼び声」を目指して書く、ということになるだろう。
 そこで以下は、ラヴクラフト以前も含め、「クトゥルーの呼び声」と似たところのある作品の系譜をたどることで、神話体系の中心軸を明らかにする試みである。

E・A・ポー「アッシャー家の崩壊」

 ラヴクラフトの「闇をさまようもの」の主人公が自分は“ロデリック・アッシャー”だと言っているのでこれもクトゥルー神話関連作ではある。この作品が描いているのは言わば、幻想と現実の一致である。そしてそれがなぜ起こるのかは、死者の復活が“早すぎた埋葬”と説明されるように、偶然とされる。この幻想と現実の一致に、単なる偶然とは別の理由を求めたのが「クトゥルーの呼び声」なのである。

アンブローズ・ビアス「月明かりの道」

 「月明かりの道」は三つの証言の総合によって真相が浮き上がる構成になっている。この三つの証言が「クトゥルーの呼び声」の三部構成の元ネタではないか。だとすれば、この作品の影響下に書かれた芥川龍之介「藪の中」は「クトゥルーの呼び声」と異母兄弟のような位置づけとなる。

H・P・ラヴクラフト「ピックマンのモデル」

 この作品も、絵画と写真の一致、つまり幻想と現実の一致を描いている。なので「アッシャー家の崩壊」の絵画版であり、最小構成で語りなおされた「クトゥルーの呼び声」とも言える。このことは「クトゥルーの呼び声」が当初「ウィアード・テールズ」への掲載を断られたことと関係があるのかも。

R・E・ハワード「黒い石」

 ハワードのクトゥルー神話関連作の中でもとくにラヴクラフト的と言えるのが「屋根の上」と「黒い石」の二作。その「黒い石」の方は三部構成で、『黒の書』の入手を発端に、第二部では人身御供の儀式が描かれ、結末で悪夢の実在が明かされる。「クトゥルーの呼び声」の山バージョンといった趣である。

オーガスト・ダーレス《永劫の探求》

 青心社文庫『クトゥルー2』がこの作品。一話ごとに語り手の代わる手記の連作。各話でシュリュズベリイ博士がクトゥルー教団と戦う若者をスカウトしていくゴーストハンターものとしてのクトゥルー神話。とくに第三部「クレイボーン・ボイドの遺書」は大叔父の遺品の調査から探索が始まり「クトゥルーの呼び声」の再話のよう。

リン・カーター《超時間の恐怖》

 『クトゥルーの子供たち』の中の「赤の供物」から「ウィンフィールドの遺産」までの六短編による連作。超古代と現代を交錯させつつ微妙なリンクによって連関している。その構成の仕方に世界観の広がりを感じさせるクトゥルー神話らしさがある。「クトゥルーの呼び声」の発展形を考えると短編連作という形になるのでは。

コリン・ウィルソン「ロイガーの復活」

 「クトゥルーの呼び声」におけるクトゥルーは夢を通して人類を支配しようとしていたようだ。人類の精神を支配するものの探求というテーマを引き継いだのがウィルソンだと言える。この「ロイガーの復活」は長編『賢者の石』に組み込まれる予定だった手記を独立させたもので、クトゥルー神話のサンプル、「クトゥルーの呼び声」のクローンのような作品。

ブライアン・ラムレイ『地を穿つ魔』

 《タイタス・クロウ・サーガ》第一巻。ゴーストハンターのタイタス・クロウが地底に潜む旧支配者クトーニアンと対決する。独立した短編としても読める手紙が組み込まれた情報収集の過程などは面白いが結末近くは散漫な印象。続巻へつなげるためかもしれないが、その二巻以降は雰囲気のまるで違うスペースオペラになってしまう。

J・G・バラード「時の声」

 クトゥルー神話以外からもう一作挙げる。バラードの代表的な短編。死んだ学者の研究を引き継いだ主人公が狂気に陥るまでを描いているという点で「クトゥルーの呼び声」と似ている。謎めいたオブジェや実験動物の変容といった未知の現象に関する多角的な情報の出し方など参考にしたい。

 で、ここからは宣伝です。

 前回の文学フリマでは私、小倉蛇は《髑髏水晶の魔女》シリーズの第一巻として「水晶の中の銀河」という小説のコピー誌を販売しました。この作品は現在は電子書籍化しパブーにて販売中です。一部100円。

 http://p.booklog.jp/book/121729


 そして来る5月6日の第26回文学フリマ東京にも出店します。

 https://bunfree.net/

 サークル名は《地下石版》、ブースは【イ‐32】です。
 販売するのは『夢幻都市の黄昏』というコピー誌のセットです。中身はクトゥルー神話短編6冊プラス小論1冊です。価格450円。
 気になる方は足をお運びください。