『オカルト』について

 今回はクトゥルー神話関連の日本映画では一番気に入っている『オカルト』について。
 これは白石晃士監督作のフェイクドキュメンタリー。
 『ほんとにあった!呪いのビデオ』『ノロイ』を経て、真面目にやってるんだけど笑える独特のノリがこの作品で完成の域に達しVシネマのシリーズ『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』へとつながっていく。
 内容は、観光客がまわしていたビデオ映像に通り魔殺人が写りこむのがはじまり。その事件を本人役の白石監督自身がドキュメンタリーとして取材していく。
 当初は普通に事件関係者にインタビューしていくが、犯人に刺され複雑な図形の傷を負った江野という男から事件後、毎日奇跡が起こっているという話を聞いたのをきっかけに、この人物に密着していくこととなる。
 ネットカフェ難民だった江野は、白石の属する制作会社のスタッフルームに寝泊まりすることになり、その日常が記録されていく。江野の身辺ではじっさい怪奇現象が起こっており、さらには何かヤバい計画を秘めていることが次第に明らかになっていく――といったもの。

 この作品がクトゥルー神話関連と見做されるのは九頭呂岩(くとろいわ)というものが登場するからだ。この場面はじっさいに霧の立ち込めるどこかの山中にある巨大な岩をロケ撮影していて、なかなか迫力がある。
 しかし、この岩の物語内での役割ははっきり説明されているわけではない。
 作中に登場する九頭呂岩の研究家で映画監督の黒沢清なる人物は「ヒルコを祀っているのでは」と述べる。だから江野が目撃する宙に浮いたミミズの影のようなものはヒルコのイメージなのかもしれない(『ノロイ』には霊体ミミズというのが出てきたが)。
 岩のある山が御昼山(おひるやま)というのもヒルコに由来するのだろう。
 では「九頭呂」という名称はどこから来たのか。やはりクトゥルーだろうか?

 ところで、じつは後の『コワすぎ』の中でもこの「クトロ」という語に言及している場面がある。それはシリーズ五作目『劇場版・序章【真説・四谷怪談 お岩の呪い】』で。アシスタント市川がお岩の呪いにかかり、道玄という霊能者に除霊をしてもらうことになる。その間、彼女は水槽に片手を漬けて奇声を発しつづけるのだが、そこで「クトロ、クトロ」と言っている部分がある。
 これは道玄の「お前をあやつっているのは誰だ?」という質問に答えるように言われている。だが、道玄も工藤もクトロについては知らないらしくとくに追及はされない。
 ともかく、この部分に注目すると、口裂け女やお岩といった都市伝説や怪談にあらわれる怪異存在を、影であやつっているものとしてクトロがいる、という世界が想像できる。

 翻って『オカルト』においても、通り魔事件の犯人や江野、それに記録係としての白石もやはりクトロによってあやつられていた、ということになるのではなかろうか。
 こう考えると、前回取り上げた『マウス・オブ・マッドネス』と構造的に似ている気がする。
 海底か異次元かどこかにクトゥルーのような邪神が存在し、その影響を受けた人間が殺人狂と化す、という世界観である。
 ラヴクラフトの「クトゥルーの呼び声」は、海底の造山活動によりルルイエが浮上した時のみ、芸術家や狂人など感性のするどい者がその影響を受けるという話だった。
 だが上記二つの映画では、クトゥルー的な異界の存在が人間をあやつる際に、触媒というか中継器のようなものを介している。
 その中継器の役を担っているのが『マウス・オブ・マッドネス』ではサター・ケーンの小説であり、『オカルト』では九頭呂岩なのである。

 神話的事件の中心に岩があるというのは、ロバート・E・ハワードの「黒い石」を思わせもする。白石監督はこれを参考にしたのかな、とも思ったが、下の動画によると監督、ラヴクラフトですら「彼方より」と「死体蘇生人」しか読んでないらしい……

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